相続放棄と遺産分割協議の違い
遺産を相続をしたくないという場合に行う手続きは2通りあります。
1つは裁判所を通じた相続放棄申述です。相続発生を知ったときから3ヶ月以内に、家庭裁判所へ相続放棄申述をすることです。相続放棄申述が裁判所に認められると、その人は相続発生日にさかのぼって「相続人ではなくなる」ことになります。このため亡くなった人のの財産や借金は一切相続することはありません。
もう1つは、遺産分割協議による遺産放棄です。相続人全員で遺産分割協議をおこない、他の相続人が遺産を相続するという内容の遺産分割協議書に、署名押印をして同意することです。遺産分割協議は、相続人ではあるけれど何も相続しないということに同意するものです。遺産分割協議による遺産放棄は、相続人ABCがいてAが相続をしてBCは放棄をする場合、遺産分割協議書には、「被相続人Xの全ての遺産はAが相続する」という記載があればよく「B・Cは遺産の全てを放棄する」と記載する必要はありません。
なお、法律の世界では「相続放棄」といえば、裁判所への相続放棄申述のことを意味します。遺産放棄という法律用語は本来存在しませんが、この記事では便宜上、遺産分割協議により何も相続しないことを「遺産分割協議による遺産放棄」と記します。
相続放棄と遺産分割協議どちらを選ぶ?
負債がある相続の場合
「プラスの財産より負債や借金が多いから相続放棄をしたい」という理由の相続放棄であれば、裁判所での相続放棄申述を選ぶべきです。なぜならば、相続人ABCがいて遺産分割協議書に「すべての債務はAが相続するものとする」と記載しても、これはあくまで相続人ABC間での取り決めであって、遺産分割協議とは別途、借入先と相続人全員の間で債務者の変更を確認する契約をしない限りは、BCも債務者(借金をした人)の相続人であるという立場から逃れることはできません。
裁判所の相続放棄申述は、認められると「相続放棄受理通知書」という書類が届きます。この「相続放棄受理通知書」のコピーや、裁判所にあらためて発行してもらう「相続放棄受理証明書」という証明書を関係先に提出することにより、「私は相続人ではなくなりました」ということを知ってもらいます。
相続にかかわりたくない
「縁を切っている親族だから」「会ったことがない親族だから」といったように、「面倒だからかかわりたくない」という場合は、ついつい短絡的に裁判所を通じた相続放棄を選んでしまう方もいらっしゃいますが、これは慎重な検討が必要です。
なぜなら、相続放棄申述は一度認められたら、原則、取り消すことができないからです。「そんなに財産があると知っていたら相続放棄をしなかった」といいっても取り消すことはできません。取り消しを申出できるのは、騙されていたり、脅されていたりということが明らかな場合のみです。
特定の人物に相続させたい
「父の遺産は母に相続させたいから」「家を継ぐ長男がすべて相続するから」というような、特定の人物に相続させたいという理由で遺産を放棄したいという場合は、以下のようなケースがありますのでご注意下さい。
母に全てを相続させたいと子が全員相続放棄申述をした場合
父の遺産は母に相続させたいと、子の全員が裁判所での相続放棄申述をしてしまうと、子の相続権は父の父母や兄弟に移ってしまいます。子は全員母に相続分を譲るつもりでいたのに、相続放棄をしたことにより父の兄弟が相続人となり、その兄弟が相続分を主張することにより、母が全てを相続することができなくなってしまうことがあります。
長男に相続させたいと兄弟が辞退したら異母兄弟が判明
父の自宅は長男に相続させたいと弟が裁判所で相続放棄申述をした後に、相続手続きのための戸籍収集をしたところ、亡父から聞いていなかった父の前婚のときの子である、相続人からすると異母兄弟の姉が発覚したケースがあります
この件では、主な遺産は自宅のみであり預貯金や現金はほとんどありませんでした。弟が相続放棄をしたことにより、異母兄弟の姉の法定相続分が3分の1から2分の1と増えてしまい、長男は自宅を相続するためより多くの代償金を支払わなくてはいけないことになりました。弟が相続放棄申述をすることなく、遺産分割協議による遺産放棄をしていれば、姉に支払う代償金は3分の1でよかったのです。
相続放棄は放棄する人の負担が大きい
裁判所への相続放棄申述は手間と時間とお金がかかります。戸籍などの必要書類を集め、裁判所に書類を提出して、照会書に返信をして、相続放棄受理通知が届くまでに1ヶ月前後、長いと3ヶ月前後かかることもあります。司法書士や弁護に手続きを依頼する場合はその報酬もかかります。
遺産分割協議書による遺産放棄であれば、放棄したい人は印鑑証明書を用意して遺産分割協議書に押印すればよいので、裁判所への相続放棄申述に比べると圧倒的に手間は少ないです。
このため、負債がなく「他の相続人に相続させたい」「相続に関わりたくないから」という理由の場合は、遺産分割協議による遺産放棄のほうが相続人の負担をおすすめすることが多いです。
このように「遺産を放棄する」といっても、2種類の方法があり、事情や理由などにより選択する必要があります。自分はどちらのほうがよいか迷っているというような場合は、ぜひ相続手続きの専門家である司法書士にご相談下さい。
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