1.(全員が)相続放棄をすると相続権が次の順位の相続人にうつる
相続には順番があります。相続放棄をした場合、次の順位の相続人がいると、相続権が次の順位の相続人にうつります。
例えば、夫が亡くなり、妻(配偶者)と子が相続放棄をした場合、第二順位である夫の親や祖父母(直系尊属)が生きていればその方に相続権がうつります。第二順位の相続人が存在しない場合は、第三順位である、兄弟姉妹に相続権がうつります。兄弟姉妹が亡くなっているが子がある場合、代襲相続人として亡くなった兄弟姉妹の子、つまりは甥姪に相続権がうつるわけです。
複数いる子のうち1人だけが相続放棄をした場合は、相続権が次の順位にうつることはありません。子は全員相続放棄をしたが配偶者は相続放棄しない場合は、第二順位の直系尊属に相続権がうつり、直系尊属と配偶者が相続人となります。直系尊属がいない場合は、第三順位の兄弟姉妹(または甥姪)と配偶者が相続人です。
なお配偶者はどの順位でも相続人ですが、相続放棄をする場合は1回すれば足ります。順位がうつる毎に放棄の手続きをする必要はありません。
2.相続放棄をする場合は、次の順位の相続人に連絡するべき?
相続放棄の手続きでよく質問されるのが「配偶者と子の全員が相続放棄をする場合(かつ第二順位の相続人がすでに他界している場合)、第三順位の亡くなった方の兄弟姉妹や甥姪に連絡したほうががよいのか?」ということです。
相続放棄は「相続の開始があったことを知ったときから3ヶ月以内」にする必要があります。このため前順位の相続人が相続放棄をした場合は、「前順位の相続人が相続放棄をしたことを知った日から3ヶ月以内」にすればよいのです。
これは、前順位の相続人が次順位の相続人に相続放棄をしたことを伝えない限りは、熟慮期間3ヶ月の起算はされないということになります。前順位の相続人が相続放棄をしたことを知らせない場合、次順位の相続人はたいてい債権者(貸金業者や役所等)から借金や滞納した税金の催促の手紙が届いて初めて知ることになります。この通知が届いた日から熟慮期間の3ヶ月は始まります。
なお、債権者が借金や税金の回収のために相続人調査を必ずするかというと、そうではありません。調査や連絡の手間と、回収できる金額とを考慮してあきらめることもあります。つまり催促の通知が届かないこともあるのです。
このような実情をふまえ、先ほどの質問の答えとしては「親しい親族には必ず相続放棄をしたことを伝える」というのがよいかと考えます。亡くなった方の通夜や葬儀に参列してくれたり弔電を送ってくれたような親族には、相続放棄手続きをすると決めた段階で伝えたほうが、のちの親族関係にしこりを残さないでしょう。「自分が相続放棄をすることにより、お世話になっている親族に迷惑をかける」という思いが強い場合は、次順位の相続人の相続放棄にかかる費用を負担する方もいらっしゃいます。
一方、疎遠になっている親族や会ったこともないような親族であれば伝えないという選択もあります。相続放棄をしたことを知らせてしまったら今すぐ相続放棄の手続きを進める必要があるからです。しかしながら知らせていなければ通知がきてから、はじめて相続放棄の手続きをすればよいのです。「知らぬが仏」という言葉がありますが、通知が来ることがなく、知らないままでいられるならばそのままのほうがよいのでは、という選択です。
3.相続人全員が相続放棄をするとどうなる?
第三順位の相続人も全員相続放棄をするとどうなるのでしょう?これは「相続人が誰もいない」状態となります。相続人がいない場合、相続財産はどうなるのでしょうか。
亡くなった方の遺産は借金のみで、プラスの財産がない場合は、債権者(貸金業者や役所)が債権回収をあきらめることになります
一方、プラスの財産が多くある場合は相続財産管理人制度を利用して、債権者が債権回収をすることができます。相続放棄により相続人が存在しない場合は、債権者などの利害関係者が相続財産管理人選任の申立を家庭裁判所を行い、裁判所に相続財産管理人を選任してもらいます(地元の弁護士が選ばれることが多いようです)
そして相続財産管理人が相続財産を調査の上、財産を換価(売却)をして債権者等に返していくのです。借金等を清算してもまだプラスの財産が残る場合は、国に回収されることになります。
なお、プラスの財産があれば、必ず相続財産管理人の制度が利用されるというわけではありません。相続財産管理人申立には「予納金」といって、これからの相続財産管理人の費用や報酬にあたるお金を、申し立てる人が立替のようなかたちで支払う必要があるのです。予納金は相続財産の管理がおわれば清算されます。
この予納金は、裁判所や案件により金額に幅がありますが数十万~百万円程度と決して低い金額ではありません。
また相続財産管理人の制度は、多くの手順を踏んでいく必要があるため、最終的に債権者がお金を回収できるまでに1~2年かかるともあります。このような事情から、プラスの財産が残っていたとしても、必ずしも債権者が相続財産管理人の申立をするとは限らないのが実情です。
4.相続放棄をしたらもう責任はない?
借金等を理由にした相続放棄の場合は、相続放棄さえすれば借金を払わずにすみます。しかしながら、価値のない空き家や山林といった不(負)動産を理由とした相続放棄の場合は、相続放棄をすれば問題が解決するとは言い切れません。これは、民法に以下のような条文が設けられているためです。
民法 第九百四十条 相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。
全員が相続放棄をしたとしても、最後に相続放棄をした人は、相続財産管理人が立てられるまで相続財産の管理を継続しなくてはならないということになります。とはいえ、財産価値のない不動産のためだけに、お金と手間がかかる相続財産管理人を立てるのも現実的ではない話です。
相続人全員が相続放棄をした空き家の管理責任については今まで事例がほとんどないようで、民法に定められているけれど、どのような状態でどこまで責任があるのかは明確にされていないのが実情です。一方で「相続放棄をしたにもかかわらず、民法941条を理由に管理責任を求められた」という相談も実際に寄せられております。
この問題は、現在国で検討されている「所有権の放棄制度」が設置されれば解決されるのでしょうが、実現にはもう少し時間がかかりそうです。空き家を含む相続放棄は慎重に、まずは専門家にご相談されることをおすすめします。
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